NPM時代の終焉
どうやらNPMの時代はその終わりを迎えつつあるようだ。
NPMとはNew Public Managementの略称で、もともとは1980年代に財政赤字への対処を目的としてイギリスを中心に始まった行政改革「運動」であり、企業経営の方法論を行政経営に援用した内容のものが多い。
NPMを推進する原動力は、Dis-aggregation(購入・供給の分離)、Competition(競争原理の導入)、Incentivization(経済的インセンティブの付与)の3つであり、それぞれの代表的な施策には以下のようなものがある。
1.Dis-aggregation(購入・供給の分離)
- エージェンシー化による統制強化(Agencification)
- 脱専門職化(Deprofessionalization)
- 株式会社化(Corporatization) など
2.Competition(競争原理の導入)
- 市場化テスト(Compulsory market testing)
- バウチャー制度(Voucher schemes)
- 業績評価(Performance measurement) など
3.Incentivization(経済的インセンティブの付与)
- 民間資金の活用(Private Finance Initiative)
- 官民共同(Public private partnership)
- 公営事業の民営化(Privatization) など
日本では特に1と2が自治体等を中心に進みつつあるが、殆どお作法導入に止まっており、財政赤字削減には殆ど効果は見られない。3については、小泉政権時代の規制改革・民間開放推進会議の頃にその端緒が見られ、幾つか大型PFI案件も進められたが、それと同時に手痛い失敗も期している。
またイギリスを中心にヨーロッパを見てみると、1980−90年代にNPM的手法を積極導入した結果、現在では以下のような評価が大勢を占めている。
NPMは行政の複雑化を招いたことで、
- 逆にコストが高くなり赤字額も増えた。
- 公的サービスが質・量ともに劣化した。
- 一部企業が許容しがたい利益を得ている。
大阪市などを中心に、これからまさにNPM的手法の真髄を導入しようとする日本にとっては、不都合な事実でしかないが、アカデミックな世界でも、一般的な生活者レベルでも概ね上述のような評価に定まってしまっており、個人的にも留学当初は、そもそもの留学目的の一つがこの体たらくということで随分がっかりした。
しかし、こちらで様々な人にヒアリングをする中で、幾つか分かってきたこともある。そして本当のところNPMへの評価は次のようにする方が客観的だということも。
NPMは複雑な行政を明るみにさらしたことで、
- 隠されてきたコスト構造を解明した。
- 過剰供給とそれに起因する死荷重を削減した。
- 隠されてきた利権を市場に公開した。
とはいえNPM反対派の挙げる問題の中には、綺麗ごとではすまされないものも多い。もし時間があれば、次回はNPM賛成派・反対派の議論をもう少し深く掘り下げて、その止揚策を挙げてみようと思う。